『第三章』東京ヒルトンホテル修業時代

若い頃は、吸収力もあり仕事が急に伸びる時が必ず訪れる。
その時、無茶するくらいやらないと一人前にはなれません。
金城善治シェフも貪欲に自分の技術を伸ばすために、必死に働きました。
大変でしたが技術を学ぶ機会を無駄にしませんでした。
他の人が8時間やっているのに自分が8時間やってもそれなにのレベルにしかならない。
料理人のいいところは作ったもので実力が評価されますのでわかりやすい。
その代わり良いのが作れないと評価されない実力社会です。
人間とはこんなに差があるのかとおもいました。
朝4時から出勤でも夜中の12時頃にいって自分の仕事を一通り終わらせて、先輩の仕事を手伝いました。
そうしないと教えてもらえなかった。
1、2年の差はものすごいものがありました。
一度タイムカードを打ってもまた仕事をしていました。
タイムカードを打たないこともありました。
給与くらいの4000円、5000円の商品をつくっていました。
給料は少なく確かに大変ではありましたが、目標があったからできたとおもいます。
ホテルに同期で入社した同僚は130名いましたが半年で80名くらいになりました。
あの頃は給与よりも裏方までまわってくるチップの方が多かった。
そのお金で野球の道具を買って、外で食べる以外は神宮外苑で草野球をしていました。
東京での修行は短い期間でしたが相当勉強になりました。
パティシェに興味をもったのは、ドイツ人シェフの影響です。
彼は美大を卒業して、チョコレートで日本画を描き色合いも面白かった。
ディスプレイが当時は斬新ですごかった。注目されていました。
今振返ると、東京のホテルでの修行時代は休みもほとんどなく働き詰めでしたがとても幸せを感じていました。
本当に自分がこうなるという目標を持っている人は、就労時間とか休みとかは関係ないんですね。
やったことは必ず自分の身になっていきます。
自ずと差が出てくるわけです。私が若い頃は、団塊の世代ですので皆頑張っていました。
ですので、いくら頑張っても少ししか飛び抜けることはできませんでした。
『今の若いものは』とよく言われますが、若い子達は10分前にきて、就労時間が終わると10分過ぎると帰っていきます。
そういう状況に歯がゆさを感じます。
今は、少しだけ頑張れば、人より飛びぬけられる。
今やると将来につながります。
若い子は、週休2日が当たり前で幸せを感じないのかもしれません。
私は働き詰めの毎日にやりがいを感じていました。
価値観は人それぞれだとおもいますが、どちらが幸せなのか考えてしまいます。
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